全身が水腫して危篤の養子松太郎に杉島が禁厭を施すと快方に向かった
どんな伝承か
明治十一年一月二十二日、大阪市南区南堀江橘通り四丁目の神道黒住教堀江教会所に在勤していた権小教正杉島信衛は、同町一丁目に住む恒原卯兵衛に招かれて同道した。病人は養子の松太郎で、難病にかかり全身が水腫して着服もできず、腹満となって物語もままならぬ危篤であった。神明を奉斎し丹誠を凝らして祈念し禁厭を取次ぐと少しずつ快くなり、物語もできるようになった。杉島が誰に聞いて自分を招いたのかと問うと、松太郎は「御神前よりの御教」=この所に斎く天満宮の指図であり、十六歳から十一か年のあいだ幽冥に通っていると答えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)