孝心の篤い宗忠が
どんな伝承か
文化九年八月、備前御野郡上中野村大元の今村宮の禰宜であった黒住宗忠は三十三歳のとき、激しい下痢を伴う流行病により、わずか七日の間に父と母とを相次いで失った。天性正直で幼少の頃から人一倍孝心の篤かった彼は傷心やる方なく、明けても泣き暮れても歎き、ある日のごときは父の墓前において涕泣の極みついに気絶したことさえあった。このような悲傷のあまり、翌十年の秋からついに病の床につくに至り、翌年には医師から見放されるほどの重態に陥ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)