万蔵の女房と死霊祟りの小祠
どんな伝承か
文政十一年、隠岐島宇賀村の万蔵が提出した訴状に記された話。万蔵の女房が流行病にかかって難儀し、実家で養生させても一向によくならなかった。女房の母は、当村に島流しになっていた流人坊主の觀玉に祈禱を頼んだ。觀玉は「家に誰かの死霊が憑いているから病気になった、祓うには小祠を建てねばならない」と告げた。母がこれを信じて厳重に求めたので、万蔵はやむなく小さな祠を建て死霊排除の祈禱をさせると、不思議にも女房の病が全快したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。