吉田社の狐なし証状
どんな伝承か
隠岐宇賀村(現・西ノ島町宇賀)の万蔵宅に狐が憑いているという噂が立ったため、父利平太は別府村の宇野石見が上京する機会に同行し、京都の吉田の社に祈禱を願った。神主は『お前の家に狐の障りなど一向にないようだ。今後もそういう噂をする者があれば当方に知らせよ』と告げ、その趣旨を村の庄屋宛の書状で指示した。これで世間の口も収まった。また八年ほど前には、村に徳田屋狐の祟りがあるというので、兄弟の徳田屋林太夫とともに出雲へ渡り、日御崎に参って祈禱を受け、狐はいない旨の書状を庄屋宛に下されて、やはり噂が収まったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃))
速水保孝『つきもの持ち迷信の歴史的考察―狐持ちの家に生れて』(柳田國男序)。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別・人権侵害を内側から告発し、その類別と歴史的背景を考察する。