山林に集まり祟りを恐れた番匠村の百姓
どんな伝承か
武蔵国比企郡の番匠村では、慶応四年の春、尾崎狐をめぐる騒ぎが手に負えなくなっていた。狐持ちと名指された乙が非を認めないため、業を煮やした村人四十人ほどが山中に集まって談合を開いたと知らせが入る。村役人が駆けつけると、地頭が訴えを取り上げてくれなければ、恨みからこれまで以上に激しい祟りが起こるにちがいない、それでは安心して暮らせないと口々に言う。なだめようとすれば、おまえたちは乙から賄賂をもらっているのだろうと詰め寄られた。村役人は村の出口に見張りを立てたうえ、乙に封じ祈禱を命じてほしいと地頭役所へ願い出た。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近世史料にみる憑き物「オーサキ狐」の諸相(小池信一・現代(昭和後期〜平成の研究論文))
埼玉・群馬を中心に分布した憑きもの『オーサキ狐』の俗信を近世史料から検証した研究。オーサキ持ちの家を富ませ人に憑いて熱病にするという俗信を概説し、寛延4年・天保6年・慶応3年の追放史料を紹介。為政者が縁組や質入れの弊害から迷信として追放させた歴史と、幕末の村を巻き込んだ尾崎狐訴訟事件を扱う、憑きもの俗信の歴史民俗学的記録。