隠岐宇賀村万蔵の人狐難儀
どんな伝承か
文政十一年子十月、隠岐島前宇賀村(現・西ノ島町宇賀)の万蔵なる者が、村役人・大庄屋を経て島前役所へ提出した『奉差上候演説の覚』と称する訴状がある。それによれば、三十年前、万蔵は姉のヨシと西国行脚に出かけ、途中の但州芝山港付近で播州明石辺の主従二人連れと道連れになった。その折、姉ヨシと三十歳ほどの美男子とが男女の仲になったが、旅のことゆえすぐ別れた。男は姉を諦めきれず境港まで追ってきたが渡海が叶わず、恨みを抱いて立ち去ったという。二、三年後、姉が不明の病を得て、美田村の大山明前寺で祈禱を受けると、約束を破られた男の生霊のためだといわれた。その後も一家は次々と変事に見舞われ、世間からも人狐持ちと圧迫されて難渋したと訴え出たのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・石塚尊俊・民俗学・昭和(民俗調査))
民俗学者・石塚尊俊『日本の憑きもの―俗信は今も生きている』。日本各地の憑きもの俗信を実地調査と文献で体系化した研究の決定版。