八重子に憑いた同級生の人狐
どんな伝承か
元日の夕方、八重子がまた常態にない言動をしたので、母親は胸倉を捉え出刃庖丁を手に白状を迫った。八重子は「同級の下代の家から来た」と口走る。下代の父は松江の裁判所の判事で人狐持ちと言われる家であった。娘がいつも八重子に負けるのが口惜しく、算術の答式を黒板に書くときは袴の下から袖口へ上って字を消し、去年の夏は弟の庄一を騒がせたと述べた。三日の朝、雑賀町の同級生が来て、玉木で待つ間に据えてあった八重子の膳の刺身や蒲鉾が二日の晩に食い尽くされていたと告げたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。