文献にみる狐持ちの起源と最近の実態
どんな伝承か
民俗研究者速水保孝は、出雲地方でいつ頃から狐持ちということが言われるようになったかを文献から探った。彼の知る限り、出雲で最も古い狐持ちの文献は、神門郡(今日の簸川郡)中野村の住人・山根与右衛門源保祐(満碁江翁)が天明六年(一七八六)十一月一日に著した『人狐物語』である。同書の『狐持ち始りの事』によれば、狐持ちの起こりは享保の初め頃で、ある富有の家が名子・間脇を厳しく折檻して潰したのを遺恨に思った者が、自家の病人を狐憑きと号してその富家に災いを仕掛け財物を費やさせた。これより富豪が永く狐持ちの名を得たのが始まりだという。狐持ちに指定される家は金持で、指定する側はそれに搾取され没落した農民であった、と説かれている。
原典より
最も古い人狐物語 九〇池田藩の狐持ち騒動 ・・・・・・ 九四松江藩庁迷信打破の御触書 ・ 一〇一万蔵の分家国三郎の愁訴 ・・・・ 一二四狐持ちの性格 ······ 一三七実態調査の示すもの ・・・・・・・ 一四四つきもの…—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃))
速水保孝『つきもの持ち迷信の歴史的考察―狐持ちの家に生れて』(柳田國男序)。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別・人権侵害を内側から告発し、その類別と歴史的背景を考察する。