江戸中期に発生か
どんな伝承か
出雲地方で憑きものに関する最も古い文献とされるのが、天明六年(一七八六)に山根与右衛門源保祐(満碁江翁)が著した『人狐物語』である。その冒頭には、享保の初めごろ、東郡のある富裕な家が、田畑を耕す間脇を厳しく折檻して潰したのを遺恨に思った者が、自分の家の病人を狐憑きと称し、里のかいというものと語らってこの富家に災いをしかけ、大いに財物を費やさせたため、この富豪が永く狐持ちの名を得た、と記されている。地主に遺恨をもつ者が、自分の家の者の病気はこの富裕な家の狐が憑いたためだと言いふらしたことから、その家がキツネモチとされたのである。
原典より
* 隠岐の人狐の話* 富をつくる憑きもの* 筋と階層* 筋の伝播(山陰・四国)* 縁切り* 筋の伝播(関東)* 憑きものの内在性と外在性* 家系・血筋をひく妖術* 筋の集団化—— 日本の憑きもの(吉田禎吾・民俗・憑きもの研究・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの(吉田禎吾・民俗・憑きもの研究・昭和)