最も古い「人狐物語」
どんな伝承か
出雲地方で狐持ちに関する文献として最も古いものは、出雲国神門郡、今日の簸川郡の中野村に住んだ山根与右ヱ門源保祐、すなわち満碁江翁が著した「人狐物語」である。翁は当時七十歳近い老人で、序文に、愚者を諭す一端となり後世の災いを除く九牛の一毛ともなればと記し、当時としては珍しいほどの卓見と積極性をもって人狐迷信の打破を図った。書は「狐持ち始りの事」以下九章から成る。翁は、出雲で狐持ちが言われ始めたのは享保の初め頃、富家が小作を潰して恨まれ、その家の病人を狐憑きと称して災いをしかけたことに始まり、それ以前に狐持ちの沙汰は一向に聞かないと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。