隠岐島宇賀村万蔵の訴状
どんな伝承か
文政十一年(一八二八年)、隠岐島宇賀村の万蔵は次のような訴状を提出した。三十三年前、姉のよしと西国三十三ヵ所を巡礼した折、城崎の湯島温泉で美青年とその老いた従者の二人連れと知り合い、道中を共にしたが、伯耆の境で隠岐島行きの船を待つうちにはぐれてしまった。舟待ち宿の主人から、その二人連れが隠岐へ渡ろうとして許しが出ず恨めしそうに帰ったと聞かされ、姉のよしに事情を尋ねる場面が記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。