犬神が乳児を食ったと絶交
どんな伝承か
昭和二十六年十二月に松江法務局が受理した、島根県邑智郡矢上町の安部梅夫(仮名)の名誉侵害事件。安部の小作人である三田吉松の次男良雄は同年一月に生まれたが、一月三十一日に病死した。その死因について、安部の所持する犬神が食い殺したのだと言いふらす者があったため、付近一帯の大評判となった。ついには安部の親戚で交際を絶つ者が続出し、妻が実家の葬式に参列しようとして追い返されたり、娘の縁談が次々に破談になったり、土建業の使用人が逃げ出して営業に差し支えを生じたりした。そこで安部は三田を相手取り、名誉侵害を訴え出たのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。