布干山の岩屋で機を織る山姥
どんな伝承か
麦尾の奥、布干山の麓には岩屋があり、昔ここに山姥が住んで、明けても暮れても機を織っていたという。この岩屋は原山の中腹にある岩屋と地の底で通じていると言い伝えられた。山姥が織り上げた布を干した山なので布干山と呼ばれ、また織りかけの端を山の木の枝へ投げ掛けたことから、俗にいう山姥のはたせができたのだとされる。はたせは今も布干山の木の枝に垂れており、これは古木の枝に糸を垂らしたように着く、さるをがせという地衣類の一種である。
原典より
麦尾の奥、布干山の麓に岩屋があるが、昔そこに山姥が住んでいて、いつも機を織っていた。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。