島争い
どんな伝承か
昔、豊田沖にある大森島は、海士の豊田と島後の都万の中間にあって、豊田は自分の領分だといい、都万も自分のものだと主張していた。そこで、どちらが距離が近いか、ヨーイ、ドンで競争して決めることになった。同時に出発すると一緒に到着したので、都万は足半を投げ、豊田は舟のカイを投げた。豊田の舟のほうが先に着いたが、都万は人間の履物である足半が先についたとされ、それから豊田は大森島を放棄したという。
原典より
昔、豊田沖にある大森島というのは、豊田と島後の都万の中間にあって、豊田は豊田の領分だと言い、都万に言わせると俺のところだと言っていた。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。