伯耆の白兔
どんな伝承か
遠い神代の昔、この地に白兔がいた。鱒に乗り、木の枝に乗って川を流れ、ついに海に出て、正北にあたる隠岐の島へ漂い着いた。この川を木の枝川(今の甲川)といい、鱒はこの地より上流に遊べないという。兔は帰ろうとして鰐を並べその背を渡ったが、欺いたと明かしたため衣を剝がれた。八十神の教えで海塩を浴び山に伏すと身は痛み傷んだ。後から来た大己貴命に教えられ、水門の水で洗い蒲黄の上に転がると元の膚に癒えた。その水門を塩津湊といい、蒲黄は今も薬として採られる。兔の伏した山を高見山、休んだ岩を滝端の腰掛岩といい、白兔を祀る社は疱瘡の守り神として崇められた。
原典より
遠き神代の昔、此の地に白兔あり。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。