池田藩国信村の狐憑き騒動
どんな伝承か
池田藩の諸事控帳に見える宝暦三年の事件。伯耆国汗入郡国信村では、七月に善七夫婦へ狐が憑いた折、小浪村の福性院に祈禱を頼んだところ、祈禱師の伝六が国信村の孫四郎の所持する狐の仕業であると託宣した。孫四郎に狐を引き取れという一札を送っても返答がなく、やがて勘四郎の娘、さらに同村佐左ヱ門の二人の娘にも狐が憑いた。そこで国信村中が残らず連判して、孫四郎を相手取り役所へ請願書を差し出した。役人が村に止宿した際には、村民たちが村の神宮寺の鐘を撞いて気勢をあげ、村中大騒動に及んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃))
速水保孝『つきもの持ち迷信の歴史的考察―狐持ちの家に生れて』(柳田國男序)。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別・人権侵害を内側から告発し、その類別と歴史的背景を考察する。