日光の先で見つかった狐引きの娘
どんな伝承か
元文三年、守山領上行合村の家の娘は、手代木村の男のもとへ嫁いでいたが、質物奉公に出されることになり、実家に身を寄せていた。ところがある晩、娘は不意に家を出て姿を消した。藩は、あるいは狐に引き出されたのかもしれないが、必ず捜し出すようにと村に厳しく命じた。娘はやがて日光の先で見つかり、見つけたときは狐付のような様子だったと村役人が届け出ている。父は家から女の欠落者を出した不始末をとがめられて手鎖のうえ村預けとなり、娘も親を捨てて欠落した罪は重いとされたが、寺訴訟によって二人とも許された。
原典より
日光の先で見付かるが、発見の際「狐付などの様子に相見え候由」と村役人が報告。—— 疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。