詐欺師二人を連れ去った水崎貫一の亡霊
どんな伝承か
昭和四年、著者の友人吉村参吾が証拠を挙げて語った話。大阪の住吉神社のそばに住む水崎貫一は、天王寺区勝山通の森武二と阿部野の秋田秀夫に一年半がかりで財産をだまし取られ、家は公売、長男は家出、別件の嫌疑で未決監にまで入れられた。放免後に病みつき、施療病院で十二月三日に亡くなったが、森も秋田も、水崎が病院に入ったことも死んだことも知らずにいた。その翌日の夕方、水崎は森の家に現れて森を連れ出し、五日の夕方には秋田の家に現れて秋田を誘い出した。二人はそれきり戻らず、堺沖で網にかかった骸骨や高野山の裏山の腐乱死体がそれかとうわさされた。両家には火事や盗難、病気が続き、一家は離散したという。
原典より
然るに十二月四日即ち水崎の死んだ翌日の夕方、水崎が突然森の宅に来訪して何だか話の結果、両人は同道して出掛けた。—— 修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された、仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた明治から昭和初めの実例、英国の霊媒の家や天津での見聞で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。