無縁仏の地
どんな伝承か
大阪市中央区の千日前一帯は、江戸時代初期に整備された千日墓所という墓地だった。徳川幕府による大坂夏の陣後の市街改造で、粟座・津村などの墓地が集められたのが始まりとされる。行き倒れや若い男女の心中、赤子の捨て子など、当時の社会で生き抜けなかった人々の最期の地として選ばれ、幕府にキリスト教信仰を弾圧された人々への監視地や刑場としても使われた。一八七一年(明治四年)に刑場が廃止された後は民間に払い下げられ、陰惨な歴史を覆い隠すように、今日の大阪有数の歓楽街・千日前へと発展していった。
原典より
南区にある千日墓所は、十数年前に千日ビルの火災があって多くの人々が犠牲になった、あの一帯である。—— 心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集