大阪城の秘密の抜け穴
どんな伝承か
大阪城には、城内から茶臼山の方へ抜ける秘密の地下道があるといわれているが、いまだに発見されていない。この抜け穴は真田幸村によって築かれ、大坂冬・夏の陣で大いに利用されたと伝わるが、いつどのように造られ、城内のどこにあるのかは分かっていない。一九八四年(昭和五十九年)の築城四百年記念事業で城の構造は詳しく調査されたが、この抜け穴だけは解明されなかった。また城内には、豊臣秀頼が自害した際に発見されたという「秀頼の人面石」があり、秀頼の顔がそのまま残るデスマスクのような石と伝えられるが、近代になってこれを見た人はいないという。
原典より
大阪城には、城内から茶臼山の方へ抜ける秘密の地下道がたしかにあるといわれているが、いまだに発見されていない。—— 心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集