天照大神の荒魂を廣田浦に祀る
どんな伝承か
日本には神代から、人の魂は幸魂・和魂・荒魂・奇魂の四つから成るという考えが伝わる。荒魂は武勇と破邪の力をつかさどる魂である。四つの魂は死後それぞれ独立して働くことがあり、生きているうちに一つが抜け出して働けば生霊になるとされる。その例として、天照大神の荒魂が現れて国の危難を助け、のちに今の兵庫の廣田浦に祀られたという伝えが挙げられている。
原典より
大國主命が自身の奇魂と對談したといふ史實もあれば、天照大神の荒魂が現はれて、國家を助け、今の兵庫廣田浦に祀ったといふこともある。—— 修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された、仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた明治から昭和初めの実例、英国の霊媒の家や天津での見聞で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。