倭姫命
どんな伝承か
垂仁天皇の命を受けた倭姫命が、それまで宮中に合祀されていた天照大神を別に祀る聖地を求めた。命は伊賀国から近江国まであちこち巡られた後、甲賀の郡、多羅尾に四年間祀られた。それが現在の高宮神社の所である。倭姫命が多羅尾で天照大神を祀った時、当時の村主佐衛門、妻イノコ、子寅石をはじめ、村人の男女百十七名が全員で命を迎えた。その場所を御待坂と呼ぶ。村主の家は十歩四方の掘っ建て柱の豪家であったが、村人は竪穴生活をしていた。村人たちは四年間、米を作り水を汲んで仕えた。倭姫命は天照大神の「海が見えないのでさみしい」という言葉を聞き、近江の国坂田宮へ移られ、最後に伊勢へ移られた。また榎の木に藤が巻きつき、その藤に倭姫命が腰をかけられたので「腰かけの榎」と呼ぶ。この辺りは古くから元伊勢とか藤の森(不浄の森)とも呼ばれている。
原典より
〈柳田―「腰掛松」「藤塚」〉垂仁天皇の命を受けて倭姫命が、それまで宮中に合祀されていた天照大神を別に聖地を求めて祭ることになった。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。