明神岳の大国主命
どんな伝承か
亀岡市の郡東南部にそびえる、高さ五二三・五メートルの明神岳。大昔、口丹波一帯がまだ湖であった頃、大国主命は多くの神々をこの山の頂に集め、篠村山本と保津村請田の間を切り開いて湖を平野に変え、そこに町や村を造ろうと相談したと伝わる。樫田村の氏神・樫船明神が船を造り、上矢田の鉄山明神が鍬を作って、神々はこの船に乗り込み山麓を切り開いた。流れ出た水は保津の山峡を経て嵐山へと注ぎ、肥沃な平野が現れたという。
原典より
〈高木——「穴切神社蹴裂明神」・柳田——「蹴裂の宮」〉[類話]〈京都〉郡の東南部に位し、高さ五二三・五米で、大昔口丹波が湖水であった頃に、大国主命が多くの神々をこの山の頂に集められ、篠村の山本と保津村の請田との間を切り開…—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。