福俵と大蛇退治
どんな伝承か
小田中の中に福田の飛地があり、そこに「ゆが」という大きな渕があって大蛇が住んでいた。大蛇が田畑を荒らすので人身御供を出すようになり、順番が五兵衛の一人娘に当たった。五兵衛は悲しみ、小田中の久志稲田姫の神に大蛇退治を祈願した。これを聞いた気多大社の大国主命が陰切り剣の宝刀を持って渕に立ち、速やかに立ち退かねば切り殺すと告げると、大蛇は驚いて一晩のうちに信州の戸隠へ逃げ去った。村人は喜んでそこを開拓し、採れた米を気多大社に納めた。今も三月二十一日のおいで祭りに、福田の三十四軒が回り番で福俵を奉納する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。