綾瀬川に架かる蛇橋と片目の大蛇
どんな伝承か
綾瀬川をはさんで東の東京側は幕府の直轄地、西の埼玉側は八幡領だった。堤防は幕府側にだけ固く築かれ、出水のたびに対岸の村が水をかぶる。吉宗の代の大洪水で八幡領は全滅寸前となり、庄屋の新八は徳川領の堤を切って水を伝右衛門川へ逃がしてほしいと何度も掛け合ったが取り合われない。思いあまって単身で川を渡り堤に手をかけたところを見つかり、片目をえぐられたうえ斬られて流された。知らせを受けた老母は、親子そろって大蛇となり恨みを晴らすと叫んで川へ身を投げたという。以来この川には片目の大蛇が出て、徳川の家臣を睨みつけた。話を聞いた吉宗が五両を出して橋を架けさせ、その橋は蛇橋と呼ばれた。
原典より
足立区のはずれ、東京都と埼玉県の境を流れる綾瀬川に「蛇橋」という木橋がかかっていた。—— 心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集