蛇橋のマルタンボー(ゴゼノボの話)
どんな伝承か
大曽根村では毎年十月十五日が八幡神社の祭りで、神輿が済むと若い衆が酒を売る店に集まって飲んだ。そこへ茨城から目の不自由なゴゼノボが三味線を抱えてやって来て、唄や三味線で稼いだ。四、五日いると、次は保木間や竹の塚、伊興へと回っていく。ある年、稼ぎを背負って蛇橋を渡り花又へ向かったが、荷が重いので渡り終えた所の丸太に腰をおろした。するとその丸太がずるずると動き出し、蛇だとわかったという。語り手は子供のころ数人からこの話を聞いたが、祖母はそうは言わなかった。ただ蛇橋には昔から太い蛇がいたという。
原典より
しかし、まあ蛇橋には昔から太い蛇がいたもんですよ。—— 八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史)
『八潮市史 民俗編――伝説・怪異』は、埼玉県の『八潮市史』民俗編から伝説の部分を収めたものである。市内の各地区で聞き取った稲荷火や狐の嫁取り提灯、狢・河童・蛇の話、徳川家康の鷹狩りにちなむ地名や塚の由来、地蔵や人魂、念仏橋の話を、話者の言葉づかいのまま地区名を添えて並べる。概説のあとに自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三つに分け、話の群ごとに『日本民俗事典』や『武蔵の伝説』などを引いた参考を付ける。