取出し耕地
どんな伝承か
草加市金明町の綾瀬川に沿った地域に、取出し耕地と呼ばれる一画がある。ここがまだ武蔵国赤山領金右衛門新田といわれていた江戸中ごろの話という。当時は綾瀬川の堤防も心もとなく、流域の耕地は少しの雨でもすぐ水びたしになった。なかでもこの一帯は年中冠水の危険にさらされ、ひとたび水につかるとなかなか引かず、秋を迎えてもほとんど収穫が望めなかった。そこで村人は相談のうえ、実際には耕作しながら、お上へ申告する作付面積からこの地域を取出して届け出た。露見すれば死罪という大罪で村では絶対の禁句であったが、いつしか誰言うとなく取出し耕地と呼ぶようになった。今もその中の一軒はトリダシノウチと呼ばれている。
原典より
ところが、いつのころからか、だれ言うとなく、その土地を「申し出るべき耕地から取出した耕地」ということで「取出し耕地」と呼ぶようになった。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。