黒椀に三杯の土(村境争い)
どんな伝承か
ずっとむかしから、久江村と小竹村は山の境をめぐって言い争いが続いていた。久江は能登部境のかんめんから枯木谷の峠まで尾根伝いが境だといい、小竹は峠を見通した一直線が境だという。埒が明かず、村役人が加賀藩の奉行所へ裁決を願い出たが、奉行も決めかねた。そのとき小竹の惣左衛門が、自分の村の土なら食べてもよいほど可愛い、どちらが多く土を食えるかで裁いてほしいと申し出た。黒椀に盛った土を、久江の代表は二杯で倒れ、惣左衛門は三杯を平らげて勝ち、広い山は小竹のものとなった。惣左衛門の墓は、小竹の山の見える田圃の中に建っているという。
原典より
ずーっとむかしから、久江村と小竹村は山の境の事で、言い争いが続いとったがや。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。