落とし穴に落ちた兄の七霊と十王地蔵
どんな伝承か
天慶の乱に際し、朝廷は俵藤太秀郷や源兼家らに平将門の討伐を命じた。その功で秀郷は栗太郡、兼家は甲賀郡を与えられ、兼家は信楽郷十七ヶ村を治める拠点として高峰寺に入る。ところが兄の重宗と定頼は弟の出世を妬み、寺に火を放った。兼家は辛くも逃れたが高峰寺は焼け落ちる。兄たちは次に鹿猟へ誘い出して弟を殺そうと落とし穴を掘ったが、はまって死んだのは自分たちの方だった。以後、兄たちは七霊となって村に現れ旅人を悩ませたため、村人は十体の地蔵を刻んで慰めたという。それが浄顕寺の十王地蔵であり、甲賀郡の領主となった兼家は甲賀三郎と呼ばれた。
原典より
平安の始め天慶の乱が起り朝廷は俵藤太秀郷、源兼家等に命じ関東の平将門を討伐せしめられた。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。