IV 赤木忠春の回心
どんな伝承か
金光教祖の右腕と期待された片岡次郎四郎のように、黒住宗忠が股肱と頼んだのが赤木忠春であった。忠春、通称宗一郎は、美作国久米南条郡八出村の中庄屋陶太郎左衛門の次男として文化十三年十月十三日に生まれた。実家の陶氏は代々村鎮座の天満宮の祠官を兼ねており、忠春も学を好み、後に同郡中籾村の大庄屋赤木家の養子となったという。
原典より
金光教祖の奉仕する神から、彼の片腕になってやれと期待されたのが片岡次郎四郎であったように、黒住宗忠が己が股肱と頼んだ大丈夫こそ赤木忠春その人であった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)