落城の日を避ける節供なしの里
どんな伝承か
大串は節供を祝わない里として知られる。城主の竹内久盛は毛利方に属していたが、天正七年三月三日、宇喜多勢は味方であるはずの三宮城を不意打ちで陥れ、その勢いのまま大串城へ攻め寄せて、五月五日にこれを落とした。そのため大串の人々は、三月の節供も五月の節供も祝わないことになったという。もし禁を破って餅を搗けば、白い餅に血がにじんで赤く染まると言い伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。