VI 恒原松太郎の幽冥物語
どんな伝承か
写本『黒住教幽冥談』による。明治十一年一月二十二日、南堀江橘通り四丁目の神道黒住教堀江教会所に在勤していた権小教正杉島信衛は、同町一丁目に住む恒原卯兵衛に招かれた。病人は養子の松太郎で、全身が水腫して衣服も着られぬほどの危篤であった。杉島が禁厭を取次ぐと少し快くなり、松太郎は自分が十六歳のときから十一年の間、家の棚に斎く天満宮に仕えて幽冥に通っていると明かした。初めて幽冥へ通ったのは、天満宮の使いとして太宰府へ手紙を届けたときで、深霧の中を行くようであったと語った。
原典より
権小教正杉島信衛先生、大阪市南区南堀江橘通り四丁目に設ヶある神道黒住教堀江教会所に在勤中、去ル明治十一年一月廿二日、同町壱丁目に住める恒原卯兵衛と申す人参りて、杉島先生を招待せるにより、同道して恒原氏へ行き、病人はと尋ね…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)