II 十七歳少年の入信径路
どんな伝承か
笠井吉夫の手記によれば、その信心の発端は明治六年のことである。上道郡富山村大字福泊に住む岡本英二に連れられ、同郡高島村大字中井にあった金神の出社へ参った。そこは百姓大森喜平太の屋敷内に建つ六畳ほどの別棟の社祠で、御神前に奉仕して取次をしていたのは妻の大森うめであった。世間はここを「中井の出社」、うめを「中井の金子明神」と呼んだ。十五歳で父を失うまでの十七年間に七人の家族を次々と亡くしていた吉夫が災難取払いを願うと、うめは祝詞の後しばらく無我の境に入り、「これは畜犬の祟りである。取払ってつかわすぞ」との神宣を伝えた。
原典より
『私の信心の発端は明治六年中のことでありました。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)