黒住宗忠の「天命直受」
どんな伝承か
もと御野郡上中野村大元と呼ばれた地に、天照大御神を祀る今村宮があり、その禰宜が黒住宗忠であった。宗忠は文化九年八月、七日のうちに父と母を流行病で失った悲嘆から病を得、三年越しの労咳で医師に見放される。文化十一年正月、心を陽気にすれば病は治るはずだと思い立って以来快方に向かい、三月には縁側に匍い出て日を拝み全快した。同年十一月十一日、冬至の朝に日拝して一心に祈念していると、太陽の精気が身体に満ちわたり、思わず日光を呑んで心気たちまち快活となった。宗忠はこれを天照大神と同魂同体になったと確信し、後に「天命直受」と呼ばれた。
原典より
今は岡山市に編入されたが、もと御野郡上中野村大元と呼ばれたところに、その名を今村宮といって、天照大御神を主神として祀る神社があった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)