古橋家を軸にした稲橋村の札降り
どんな伝承か
愛知の東北の山間、北設楽郡稲橋村の豪農古橋暉皃は、九月十一日の記録に遠州でのおかげの流行を書き留め、貧しい者たちがこの騒ぎに乗じて動き出すとたちまち禁じられる現実を見ていた。伊那街道沿いでは在郷町の足助が二十日ごろから流行し、次いで明川が十月三日、暉皃の住む稲橋村では十月二十一日に降札が始まる。村では札が降るたび、村じゅうで申し合わせて産神の前に神酒を開き、祝宴を張った。稲橋村の札降りは古橋家を軸に営まれたものだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。