辰野一帯では
どんな伝承か
慶応三年のお札降りは、現在の辰野町にあたる地域にもくまなく及んだ。南の北大出村から北の小野村まで、降札のなかった村はないほどで、年をまたいだ一月下旬にもなお降ったという。北大出村では七二枚、宮木村では五九枚が降り、伊勢皇太神宮・秋葉山・御嶽山・金毘羅大権現の札が多かった。この騒ぎは辰野から北へのぼって塩尻・松本方面へ波及し、また天竜川ぞいに東へ進んで諏訪郡内へも伝わっていったと記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。