伊勢皇太神宮のお祓が降り
どんな伝承か
慶応三年七月下旬、三河の西羽田村でお札降りが起こった。降ったのは伊勢皇太神宮のお祓であった。そのころこの地では「御鍬祭り」の百年祭が流行していたので、降札の祝いもそれと同じ形で行われることになった。村役人や惣代をはじめとして村の行事として神事を執り行い、御神酒や甘酒が出され、投げ餅や即興の狂言である俄などがあって大いに賑わった。伊勢皇太神宮ばかりでなくいろいろな札が降り、村ごとに豊饒を祈願する御鍬祭りと同様の祭りが催され、村送りの掛け踊りで伝播した。お札降りの祝祭は当初、一種の豊年踊りの形で広まったのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。