上伊那は信濃で最も集中的にお札降りが激しく広がった地域
どんな伝承か
慶応三年(一八六七)、伊那谷北部の上伊那地方では、お札降りとその祭り騒ぎがもっとも集中的に激しく広がった。九月下旬には赤須村・上穂村(現・駒ヶ根市)に札が降り始め、十月には高遠城下町、上新田村(現・伊那市)、木下村・松島町村(現・箕輪町)、大泉村(現・南箕輪村)にも降った。さらに小野村・平出村・上辰野村・宮木村・北大出村(現・辰野町)にも札が降り、村々では二夜三日の祭礼や酒食の振る舞い、はやし方の練り歩きなどの騒ぎが繰り広げられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。