トップ長野県の伝承駒ヶ根市

上穂町横厩の大祭・ヤチョロ踊り

所在地長野県駒ヶ根市上穂横厩
年代慶応三年(1867)十一月十一日
登場横前、湯原、北方村の男女約二百人、市郎右衛門、横山日記の筆者・上穂村横厩の世話役
出典駒ケ根市誌 近世編 お札降り

どんな伝承か

慶応三年十一月十一日は上天気であった。お札が降ったというので、横前村・湯原村・北方村の男女が残らず、およそ二百人余りやって来たので、これに酒と赤飯を出した。ヤチョロの支度は、女は男髷に結い、眉毛を落として化粧し、晒しの手拭で後鉢巻をして、白地の湯帷子に三尺締め、股引を履いて男のように裾を挟み、御幣を持つ。男の者も男仕度になって同じく御幣を持った。ヤチョロ、尾加芸、長土薩と囃し、俗にヤチョロ踊と唱えて、踊子は男女合わせて九十人余り、ほかに南方のヤチョロ踊りが五、六十人来て、酒と赤飯を出し、前代未聞の大騒ぎの祭りとなったと横山日記は記している。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

駒ケ根市誌 近世編 お札降り(駒ケ根市誌・近現代(市誌編纂時期))

本文は長野県飯田市周辺の伊那谷で慶応二~三年(1866~1867年)に発生した「お札降り」現象を記録した市誌編纂資料である。伊勢大神宮のお札が降ってくるという奇瑞現象として始まったこの事象は、やがて群衆的狂乱を引き起こし、「ヤッチョロ踊り」として組織化された宗教的かつ政治的な運動へと発展した。掛声「長土薩」は倒幕勢力(薩摩・長州・土佐)の隠喩と解釈され、単なる民間信仰現象ではなく幕末維新期の社会変動と深く結びついた群衆行動と考えられる。

種別から探す

異装お札降り御幣

駒ヶ根市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『駒ケ根市誌 近世編 お札降り』の伝承