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荒町陣屋前に座り込んだ百三十人

所在地長野県下伊那郡大鹿村大字鹿塩
年代慶応二年(1866)十月頃
登場両村の百姓一三〇人程
出典駒ケ根市誌 近世編 お札降り

どんな伝承か

同じころ、鹿塩と大河原の両村から百三十人ほどの百姓が出て、訴えの筋があるといって荒町の陣屋前に腰を据えた。座り込みはすでに三、四日に及んでいると、上穂の宿場にも伝わってきた。何を求めていたのかは書き残されていないが、凶作と米価の高騰が重なり、各地で地主と小作の争いが噴き出していた時期にあたるので、年貢や小作料をめぐる談判だったと考えられている。千村氏の支配下では中坪村や小野村でも同じころ争議が起きており、この一帯が一揆の火種を抱えていたことがうかがえる。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

駒ケ根市誌 近世編 お札降り(駒ケ根市誌・近現代(市誌編纂時期))

本文は長野県飯田市周辺の伊那谷で慶応二~三年(1866~1867年)に発生した「お札降り」現象を記録した市誌編纂資料である。伊勢大神宮のお札が降ってくるという奇瑞現象として始まったこの事象は、やがて群衆的狂乱を引き起こし、「ヤッチョロ踊り」として組織化された宗教的かつ政治的な運動へと発展した。掛声「長土薩」は倒幕勢力(薩摩・長州・土佐)の隠喩と解釈され、単なる民間信仰現象ではなく幕末維新期の社会変動と深く結びついた群衆行動と考えられる。

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