松本平の打こわし騒動
どんな伝承か
慶応二年(一八六六)八月十七日、米穀商や豪農による米の買占めに激怒した木曽筋(宮ノ越・藪原・奈良井など)の農民およそ二千人が松本平へ押し寄せ、米穀商・地主・質屋・酒造業者ら二十七軒の家を次々に打ちこわし、火を放った。中には土蔵五か所や長屋まで焼き払われた家もあったという。騒動は松本藩と高遠藩の武力によって鎮圧され、主謀者は打首・獄門に処せられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
駒ケ根市誌 近世編 お札降り(駒ケ根市誌・近現代(市誌編纂時期))
本文は長野県飯田市周辺の伊那谷で慶応二~三年(1866~1867年)に発生した「お札降り」現象を記録した市誌編纂資料である。伊勢大神宮のお札が降ってくるという奇瑞現象として始まったこの事象は、やがて群衆的狂乱を引き起こし、「ヤッチョロ踊り」として組織化された宗教的かつ政治的な運動へと発展した。掛声「長土薩」は倒幕勢力(薩摩・長州・土佐)の隠喩と解釈され、単なる民間信仰現象ではなく幕末維新期の社会変動と深く結びついた群衆行動と考えられる。