松本藩が降札を「西洋流の業(仕掛け)」と断じて禁令を出した
どんな伝承か
慶応三年(一八六七)十一月、松本の城下や周辺の村々に神仏の御札が降るという怪異が相次いだ。松本藩はこれを取り締まるため禁令を出し、降札は「西洋流の業(仕掛け)」であって不思議なことではないとして、安い札が降ったからと祝い散財することを禁じ、もし降った場合は日時と場所を届け出るよう布告した。禁令後も上今井村など城下から離れた村では十一月中旬から札が降り続き、伊勢皇太神宮や諏訪大明神など十八種三十五枚もの札が記録され、施行をしなかった家には生首や生腕が降ったとの噂も伝わった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。