城下の騒ぎを伝える百瀬陣屋の記録
どんな伝承か
松本藩はお札降りとそれに伴う祝いを早々に禁じ、町方や城下の騒ぎは十一月上旬のうちにひとまず収まったとみられる。それまでにどれほどの騒ぎがあったかははっきりしないが、百瀬陣屋に残る記録が様子を伝えている。松本城下の数軒に札が降ったとき、家々はめいめい祝いを催し、見物や参詣に来た者へ強飯や神酒を振る舞い、夜になると俄が出て大騒ぎになったというのである。札が降ったこと自体よりも、それに続く宴と浮かれ騒ぎのほうが人々を動かしていたことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。