松本の降札は11月1日から
どんな伝承か
松本の降札は慶応三年十一月一日からはじまったとみられる。伊那郡高遠町に残る伝聞史料には「松本城下十一月朔日より五日まで、三〇軒ばかりと承候」とあり、松本市内の記録でも一日に伊勢町と本町で降ったとされる。さらに二日、三日、四日と降りつづき、「町方賑々敷事」「町方さわぎ候事」と書き留められている。旧『松本市史』も、松本地方は十一月三日前後より札降りが所々に起こり、市内南町をはじめ伊勢大神その他の神仏の札降りが盛んに行われたと記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。