上新田組への降札で
どんな伝承か
慶応三年十二月十一日、上今井村上新田組(現松本市今井)への降札については、降らせた者の名がめずらしく具体的に記録されている。行者と称する乙松(音松)という者が札を投げ入れておいたことが発覚し、打擲されたという。上今井村では十一月十一日から連日降札があり、十二月十一日、十二日には「お札銭」すなわち紙幣まで降ったとされていたが、その終わり際に人為であることが露見した形である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。