獄門首の狂歌と笑う首
どんな伝承か
『平治物語』は将門の首にまつわる怪異を伝える。将門の首が獄門に懸けられていたのを、藤六左近という数奇の者が見て、「将門は米かみよりぞきられけるたはら藤太がはかりごとにて」と狂歌を詠んだ。米噛みの「米」と俵藤太の「俵」を云いかけた機知であったが、するとさらされた将門の首が「しい」と声を立てて笑ったという。将門の首の入京は天慶三年四月二十五日のこと、越えて五月十日に東市に梟せられたと記録に見える。この狂歌ばなしは、七人影武者や米噛みの秘密といった趣向をはらみつつ、将門を超人化する怪異譚の大きな誘い水になったとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。