明智光秀の血竹と怨念
どんな伝承か
本能寺の変後、秀吉勢に敗れた明智光秀は大津へ逃れようと竹ヤブの間道を抜けようとしたが、賞金を狙う農民の竹槍に刺されて絶命した。この竹ヤブはのちに「明智ヤブ」と呼ばれ、そこからは赤い「血竹」がとれ、入った者が怪我をするという怪事が相次いだという。東山三条駅近くの梅宮社には光秀の胴塚と首塚が遺されており、塚が建てられて以来、その怨念があたりをさまよっていると語る住民もいるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集