山崎で秀吉の懸勝
どんな伝承か
原典は六曜の先勝・先負の由来を説く章で、「羽事手三密之大事」と称する軍略上の秘伝を取り上げ、その中の懸勝・懸負・懸悔の図表を紹介している。小泉松卓の循環暦には、この図表が的中したという合戦の例が十挙げられており、その三番目が「六月十二日 ○明智に秀吉公懸勝」である。原典はこれについて、星標に一致するよう無理に勝敗を記入すれば的中して当然であり、鎌倉から元禄までの多くの合戦のうち的中した例だけを挙げて不的中の例を無視していると批判している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 1――迷信の実態(文部省迷信調査協議会・日本の俗信・昭和24年(1949))
文部省迷信調査協議会『日本の俗信1―迷信の実態』(昭和二十四年)。戦後の文化国家建設を背景に、昭和二十一年から宇野圓空を委員長とし今野圓輔・森秀男・古畑正秋らの人文・自然科学者・迷信研究家が、全国の児童生徒・教師を通じて行った大規模な迷信実態調査の第一回報告。