矢竹の茂るヘラ谷奥の城跡
どんな伝承か
三田市乙原には城跡と呼ばれる場所が二か所あり、一つはヘラ谷奥、もう一つは千丈寺山である。このうちヘラ谷奥の城跡は明智光秀が築いたものと伝えられ、南と北に一か所ずつ見張所の跡だという盛り土が残っている。ヘラ谷口の墓地に接して残る灌漑用水路らしい溝は、濠の跡だとされてきた。城跡のまわりには矢竹が群れ生えているという。乙原の吉田利一らが語った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告・自治体史(民俗))
『兵庫県民俗調査報告8』第10章口頭伝承所収の伝説。兵庫県三田市周辺・千丈寺山麓に伝わる集落発祥・神社・廃寺・城跡の伝説と怪異を採録する。人を神として祀る南千丈寺山頂の松住大権現の磐座、焼き討ちされた千丈山観音廃寺、疫病神を追い払う戸守の鍾馗、法事帰りに重箱を襲う狐狸の怪、人の尿を好み小便たごを空にする狼話3題などを収める。各事例を日付・場所・人物・状況のマーカー付き事例単位で網羅した、摂津・三田の伝説と狐狼・鍾馗信仰の資料。