日差城のとのやしきと釣鐘(かないば)
どんな伝承か
関氏が新野で築いた「日差城」のあったところを「とのやしき」という。関様が瑞光院に寄進した田は「仏供田」と呼ばれる。また関様が瑞光院を建てたあと、釣り鐘を作ることになり、職人は伊勢から連れて来て、村中の人が金や銅、かんざしまでも出し合って鐘を作ったという。その作った場所を「かないば」という。関氏にちなんで日差城の周辺に伝わる地名には、このほかに「ほうき田」「いちば」「にぐら」などがある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新野民俗誌稿――長野県下伊那郡阿南町(口頭伝承)(民俗調査報告)
『新野民俗誌稿(長野県下伊那郡阿南町)』第十五章口頭伝承所収の昔話・伝説。昭和五三年に新野で採話された口承を収める。